November 15, 2005

お元気で!本田美奈子.

気持ちも多少落ち着いたところで、断片的な思い出の整理をしようと思います。「さん」をつけようかと思いましたが、最大の親愛と敬意を表して「本田美奈子」と書きます。

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1.はじまり。
本田美奈子という同い年のアイドルを最初にみつけた場所、レコード屋さん。高校3年の秋、恐らく武蔵小山のレコード屋だったんじゃないかと思います。

本田美奈子はその年の5月に僕の知らない間にデビューしていて、ボクは3枚目のシングル「Temptation(誘惑)」でようやくその存在に気づいた訳です。

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「Temptation(誘惑)」、ジャケットの本田美奈子の天使のような笑顔、爽やかで明るく本当にいい写真でした。1年後の自分の人生さえ不透明な受験生。不安で多感な18才の少年がとめどもない「癒し」を求めて衝動買いしたレコードです。


2.「Temptation(誘惑)」。
「おニャンコクラブ」全盛の年。その他、当時のアイドルといえば南野陽子、西村知美、岡田有紀子...いや、嫌いじゃ無かったですよ、でも歌が上手なアイドル歌手なんてまず居ませんでしたから。ぶったまげましたよ、「Temptation(誘惑)」。

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作詩:松本隆、作曲:筒美京平、最強のタッグを組んで作られていますが、曲自体は子供でも楽に歌える難易度の低い、典型的なアイドルソングです。イチローにビニールバット持たせるようなもんですね。

しかし本田美奈子の本田美奈子たるゆえんは、そのビニールバットで大真面目にヒットを狙うところです。歌謡曲の賞レースなんて事務所やレコード会社の思惑や力関係があるんでしょうけど、それ抜きにしても本田美奈子の数々の受賞は誰もが納得できるものだったはずです。


3.ファン。
「本田美奈子のファンだよ」と言う人、案外周りには居なかった。やっぱり「おニャンコ」全盛の時代ですから。「素人っぽいアイドル」を好きでいる事が当時の中高生のトレンドでしたから。親にも「お前、こうゆうタイプが好きなの?」ってな感じで。

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4.「M’シンドローム」。
待望のファーストアルバムです。中身はアイドルソングのオンパレードですけどね、でもやっと彼女にふさわしい曲が登場してきます。やっぱりバラードだと思うんですよ、彼女の歌声が生きるのは。好きなのはB面2曲目の「CHARLIE(作詞:秋元康、作曲:高橋研)」。

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ファンの間で根強い人気があったのはA面5曲目の「Hard to say I Love You(作詞:秋元康、作曲:筒美京平)」、これも悪くないです。この曲を聴き込んだ時期は受験勉強も残すところ数ヶ月の時期です。浪人する事が明らかになりつつある時期だったから、一番辛い時期ですよ。

心境としては「勇気づけられた」と言うよりは「癒された」感じです。

当時は早大生の家庭教師の家に週1回通ってたんですね、学校帰り。代々木のマンションだったんですけど、早く着いちゃうと10階建てぐらいのマンションの屋上に上がって夜景を見ながらウォークマンで「M’シンドローム」を聴くわけですよ。目の前に広がる新宿ビル街の夜景...まだ都庁が無い時代すよ。


5.ラジオやコンサートなど。
ファンと言いながらコンサートには川崎に1回しか行ったことがありません、何気に。一応、受験生だったので、いや、これは言い訳だな...時間は作るものだ。その時のコンサート、コッソリ録音しちゃいました。

再生専用ウォークマンしか持ってなかったので、友人の録再ウォークマンとステレオマイクを借りて(N.K君、ありがとう)。カセットテープ、Sonyの当時一番高いやつを買いましたよ。カッシリした重いボディーのカセットテープでしたよ。

ラジオは欠かさず聞いていましたね、唯一プライベートな一面を垣間見れる貴重なひと時。今の中高生って聞くのかな、ラジオ。夜中、布団の中で丸くなりながら聞くラジオ、インターネットじゃ味わえない独特な雰囲気です。ラジオって「ながら」も出来るし、音だけとはいえ偉大な発明です。


6.背伸び。
一生懸命背伸びしてましたね、アイドル時代の本田美奈子。とにかく彼女はマドンナに心酔していました、ラジオとか聞いてても。歌い方、服装、アクセサリ、何から何まで。キュートで美人だと思いますけど、色気に限って言えばゼロでしたからね、ゼロ。

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マドンナめざすのは到底不可能ですよ。こんなこと冷静に考えられるオレって、やっぱファン失格かなぁ、とか思ってましたけど。無いものは無いですからね、色気だけは全然。

事務所もそのアンマッチを気にしてたと思うんですが、「1986年のマリリン」あたりの大ブレイクでファンの支持もあったし、好きにさせたのでしょう。全般的には良い曲になかなか恵まれないままアイドル生活を過ごしたという感じですね。

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不安でしたよ、あの才能が大きくはじけない内に芸能界からすーっと消えていくんじゃないかと。なんせ同世代のアイドルが映画にドラマに忙しい中、殆ど無かったですからね、歌とラジオ以外の仕事は確か。


7.アイドル卒業。
1年の浪人生活を経てボクは大学生に。聞く音楽も稲垣潤一、プリプリ、サザン...しばらくするとユーロビートへ。本田美奈子の芸能活動はチェックしてましたが、気づくと影ながら活躍を暖かく見守るサポーターに転身してました。

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そろそろ本田美奈子もアイドルとして伸び悩みはじめていましたね。


8.ミス・サイゴン。
本田美奈子にとっての一大転換期ですね。ボクが大学を卒業して就職したころ、今のカミさんと独身時代に観にいきました。ボクの誕生日プレゼントとして、カミさんが買ってくれたチケット、夏ごろですよ。勿論、キム役が本田美奈子の時です。

嬉しかったなー。やっと居場所を見つけた感じですね、本田美奈子。

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その後、会社の海外研修でロンドンに滞在していた時も本場で「ミス・サイゴン」観ました。キム役に限って言えば、本田美奈子に軍配ですよ。ファン心理も働いたかも知れませんが。

同じくロンドンでハマッタ「レ・ミゼラブル」、CD聞き込んで英語の歌詞は殆ど暗唱しました。しかし本田美奈子のエポニーヌ役、ついに観れませんでした。残念ながら日本版を観に行った時のキム役はたまたま交代してましたので。

彼女が「ミス・サイゴン」に出るまで、和製ミュージカルなんて全然興味沸かなかったですね。そもそも日本語の音そのものがミュージカルに向いていないと思ってましたから。でも本田美奈子の「ミス・サイゴン」でミュージカルの見方が変わりました。

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音楽ライブに劇と振りがついたと考えるべきなんですよ、日本のミュージカルの見方としては。だって実際彼女の歌う「命あげるよ」とかって、「ミス・サイゴン」がミュージカルとして求めているものをはるかに超越してますよ。

ミュージカル以外の音楽活動も充実していたのではないでしょうか。彼女らしい、難易度の高い良い曲に恵まれたと思います。「つばさ(作詞:岩谷時子、作曲:太田美知彦)」とか。


9.訃報。
ショックでした。朝霞のお通夜とお葬式、行こうかとも思いましたが、きっとファンは遠く離れた場所からのお焼香しか許されないんだろうなと。大切な思い出の最後にそんな悔しいエピソードを残したくなかったので、行くのやめました。

世の中の熱が冷めたころ、なんとかお墓をみつけて静かにお参りしようかな...そんな事を考えています。

冒頭にも書きましたが、本田美奈子とは同い年。彼女の誕生日は7月31日で、僕はその数日後。亡くなって1週間も過ぎればボクの方がどんどん年上になっていくんだ。

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10.笑顔がいちばん!
何かの形で喪に服そうかとも思いましたが、本田美奈子が残した詩を読んでやめました。周りが喪に服すことは、彼女の望むところではないでしょう。

こうゆうのブログなどを通して、彼女が本来生きるはずだった残りの人生含め、長く彼女の歌声の存在が長く笑顔で語り継がれ、聞かれること...そんな事を彼女を望んでいる気がします。

「笑顔」

子供も、大人も、おじいちゃんも、おばあちゃんも、
みんな、みんな 笑っている顔が素敵。
怒っている顔よりも、泣いている顔よりも、
困っている顔よりも 笑顔が一番!!
きっと笑顔が幸せ呼ぶと、頭では分かっていても、
心では、なかなか分からない人が、多いんじゃないのかナ!?

心が開いて、心の目で、周りを見渡してごらん、
きっと、小さな幸せの芽が、見つかるよ。
そして、そこから少しずつ、笑顔が生まれてくる。
笑顔が生まれ始めたら、喜びに変わるのも、もうすぐ。

でも、人は生きていて、辛い時、悲しい時、
涙が止まらず心が開けない時、
勿論、沢山あると思う。そんな時は、あせらないでね。
自分だけが不幸ではない。
もっと、心が暗闇に閉じ込められている人達も、
沢山いることを、少しだけ思い出してみて。

自分の力で、心を開く人もいれば、誰かの愛で、
心を開いてもらう人もいる。
気が付かないうちに心が開いて人もいれば、
歌や音楽で、心が開く人もいる。
それは、人それぞれだと思うの。

人は心が閉じたり、開いたり、いろいろな経験、
そして、沢山心で感じることによって

豊かな心を持ち、
豊かな笑顔を育てて行けるのではないのかナ!?と私は思います。
自分自身、豊かな笑顔が増えたら、きっと周りに居る人達にも、
幸せ届ける事が出来るでしょう。

笑顔がいちばん

2005.3.5
本田美奈子.

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September 25, 2005

ブログ活動終了!

思えば4月から始めたブログ活動、最初は2ヶ月も続けば良いと思ってましたが結局半年近くも続きました。

ブログ道へ足を踏み入れるキッカケを下さった、会社の先輩・(い)氏@うさログ、当ブログのアクセス件数UPにもっとも貢献頂いたと思われるチャイ氏@ロマニスタの"人生 喜怒哀楽"に深く感謝します。

4月までは恥ずかしながら「ブログ」という言葉の意味すらまともに理解していなかったのですが、何事も新しい事にチャレンジするって大切ですね。

やってみるとHTML文とか研究したり、他のブログじゃあまりやってない動画の入れ方を調べたり、結構楽しかったです。経験に勝る財産はありません。

このブログ程度の記事でも文章書くのって難しいもんですね、間違った事書いちゃまずいから余計な事まで調べたり。

何気にアフリエイト(広告収入)とかにも挑戦した時期もあったな。結果は収入ゼロ、すぐに挫折しましたがこんな失敗も楽しい想い出です。

通勤時間が長いので、記事は殆どは電車の中でのヒマな時間を利用して書いてました。が、画像処理や記事の更新、ファイルのメンテ等々、電車だけじゃ出来ない作業も結構あるんですね。

それをちょっと負担と感じるようになりはじめたので、そろそろ潮時かなと。

ブログのアクセス件数は最近ちょっと下降気味ですが、毎日だいたい80件ぐらいあります。初夏の頃には一日200件ぐらいの時期もあったんですよ。

ブログや個人ホームページでもある程度のアクセス解析が出来るのですが、毎日のアクセス件数の約90%が初めて訪れる知らない方達のようです。

つまり残り10%の方はリピーターの方達、その半分以上は恐らく私の知らない方達だと思います。有り難いことですね。

「ようこそO家の館へ」はニフティとのブログ契約が来年3月一杯まで残っています。なので記事の更新はしませんが、ブログ自体は閉鎖せずに3月までネット上に大切に残しておくつもりです。

コメントがつけばブログ上での返事は続けたいと思ってます(コメントが付くと通知が来るシステムにしてあるので気づきます)。

一応、溜めてあった記事が残っているので、この記事の下で一気に放出しておきました。

・第二次トイレ革命?「MITSUBISHIジェットタオル」。
・霧の都、ロンドン。
・「石焼」の発想を転換、「石焼風ビビンバ」。
・パリを散歩。

これまで「ようこそO家の館へ」を訪れて下さった多くの皆様、わざわざコメントやトラックバックをして頂いた皆様、ちょっと淋しいですが、私自身とても楽しませて頂きました。

ありがとうございました!(O家の主人)

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September 23, 2005

第二次トイレ革命? 「MITSUBISHIジェットタオル」。

私のウォシュレットデビューは1996年の夏だったかに思います。仲の良い友人夫婦と行った軽井沢のテニスコートのクラブハウス、そこにあったウォシュレットを使ったのが最初です。日本信販(NICOS)が経営しているテニスコートだった気がします。

以来、ウォシュレットは日常生活の中で欠かせない重要アイテムになりました。NHKの「プロジェクトX」でも取り上げられたウォシュレット、日本が世界に誇れる20世紀の大発明だと思います。

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ハリウッド俳優のウィル・スミスも来日中に滞在していたホテルのウォシュレットに感激し、数台購入して本国に持ち帰ったという本人のインタビューを聞いたことがあります。「寸分の狂いも無くピュッと百発百中でウォーターが噴射される日本のテクノロジーには俺も舌巻いたぜ-」といった感じのことを、映画の宣伝そっちのけで得意げに話していました。

そんな感じで、ウォシュレットに勝るトイレ周りの発明品にはまず一生お目にかかれないだろうと思っていたところに、数年前登場したのが三菱電機製の「ジェットタオル」です。

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これまで手を洗った後の乾燥処理方法としては「紙」「温風」が当たり前だったそれまでの既成概念を根底から覆してくれました。「風で飛ばす」という新たなコンセプト。「紙」は再生紙を使ったとしてもそれ自体が環境に優しいとは言えないし、紙代のコストだってかかります。

「温風」は「紙」という天然資源を浪費しない分、多少環境に優しいかも知れませんが、温風を生成する過程で相応の電気をそれなりに食っている筈です。

そこいくと「風で飛ばす」は多少ファンの回転数を上げる必要はあるものの、「紙」「電気的抵抗による発熱」を必要としない分、より環境に優しいだろうし、ランニングコストも抑えられるような気がします。

使い方のコツは「入れた手をゆっくり抜く」という事、これでキレイサッパリ乾きます。

目を閉じてゆっくり手を抜いていくこと精神の統一にもなり、一石三鳥の大発明だと思っています。(O家の主人)

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September 21, 2005

霧の都、ロンドン。

「霧の都」と言われますが、3ヶ月間、冬のロンドンに滞在して霧がかった風景に出くわしたのはせいぜい1~2回ぐらいでしょうか。曇りの日が多かったのは確かですが、週末になるとキレイに晴れる日の多い、運の良い年に滞在していたようですね。








映像は96年の1~2月頃に撮ったものなので、古い景色もあるかも知れません。会社の事務所はロンドン郊外だったのですが、仕事が早く終わると車で都心まで行ってミュージカルばかり見ていました。

一番のお気に入りはやっぱり「レ・ミゼラブル」、現地の人は「レズミズ」と呼びます。(O家の主人)

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September 19, 2005

「石焼」の発想を転換、「石焼風ビビンバ」。

お店で石焼ビビンバ用の器を見るたびに「欲しいねー」と言っていた我が家、ある日、テレビで面白いことをやっていました。以来、我が家ではこの時テレビで紹介された「石焼風ビビンバ」が定番メニューの仲間入りをしました。

元々石焼の器でないと科学的に都合が悪い理由は、石の余熱でご飯に香ばしい焦げ目をつけたいから、な訳けだと思うんですが、この問題の解として石の代わりにホットプレートを使うという発想です。

何も石の余熱で焦げ目をつけなくても良いわけで、ホットプレートをずっとONにしていれば石焼の器と同じ加熱作用が生まれる、コロンブスの卵みたいな着眼点ですね。

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作り方。まずは豆もやしとほうれん草を軽く茹でて温かいうちに塩、ゴマ油で味をつけておきます。一方で薄切りの牛肉を炒めて焼肉のタレと絡めておきます。次に白菜キムチの汁1:コチュジャン2:ナンプラー1:オイスターソース1の割合でタレを作ります。

温めたホットプレートに油を引き、薄ーくご飯を敷きつめたら、ごま、細かく刻んだのり、それに先ほど作ったタレをかけます。最後に先ほど炒めた牛肉、豆もやし、ほうれん草にキムチ、メンマ、卵を乗せれば「石焼風ビビンバ」の完成となります。

もう一つのポイントは「メンマ」です。これがいい味を出してくれます(桃屋のビンに入ったメンマは特に合います)。是非試してみて下さい。(O家の主人)

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September 17, 2005

パリを散歩。

これも5年前にビデオ編集の練習で作ったショートプロジェクトです。

映像そのものは95年の暮れ、クリスマス休暇を利用してロンドンからユーロスター(電車)を利用して陸路、パリに行った時の映像です。

電車の所要時間は3時間ぐらいだったでしょうか(良く覚えていません)。








暮れともなると日本じゃ街は人でごった返しますが、この時期のパリはどこもガーラガラでした。

高い位置からパリの街を見下ろしている絵はエッフェル塔から撮ったものです。エッフェル塔の展望台は外に出れるのですが、とにかく寒かった記憶があります。

恐らく気温は軽く0度をした回っていたでしょう。(O家の主人)

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September 13, 2005

妖精の街、ウィンザー。

生まれて初めてヨーロッパに行って滞在した街がロンドン郊外のウィンザーです。

「妖精の街」と書いたのは勝手な形容ですが、率直な第一印象です。何かディズニーランドに居るような、そんな感じでした。








そんな街でも1ヶ月も住んでいると、周りがごく平凡な風景に見えてくるのがまた悲しいものです。

とはいえウィンザーのホテルに寝泊りして、ウィンザー城を横目に毎朝車で出勤、ひとときの贅沢を味わったあの頃でした。(O家の主人)

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September 11, 2005

インドネシア風?六本木ヒルズ 「Bali Cafe PUTRI」。

六本木ヒルズで映画を観た帰りにランチで立ち寄ったレストランです。本場インドネシアの料理については何も知らないのでなんとも言えませんが、恐らく実際の「それ」とはかなり違う気がします。

とはいえ美味しかったので以下オススメです。

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自分が注文したのが「牛肉と野菜の辛味炒め・ランチ」

実食、まぎれもない「焼肉定食」でした。

言われてみれば世間一般の焼肉定食に比べて気持ち東南アジアンチックな風味を感じないでもない...。

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写真のスープは日清カップヌードル(カレー味)のスープそのもの、これだけは頂けなかったですね。でも全般的には美味しかったです。

写真の他にナタデココとコーヒーが付いて1050円、六本木ヒルズのド真ん中というロケーションを考えれば価格はリーズナブルかもしれません。

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家内の注文は「プトゥリ・ランチ(バリ料理6種とナシゴレンの盛り合わせ)」

こちらの方がおかずの種類が豊富で、「インドネシア風」を彷彿させるアイテムが「焼肉定食」のそれより若干多かったですね。

こちらも日清カップヌードルのカレースープ、ナタデココとコーヒーが付いて1050円、美味しい。

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従業員も東南アジア系の方たちが多いので、東南アジア系料理はちょっと苦手...という方が「気分」だけでも味わえるお店ではないでしょうか。

なんか誉めているようには聞こえないかもしれませんが、ちゃんと誉めているつもりです。(O家の主人)

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September 10, 2005

ポップコーンと「VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ」。

最近、映画鑑賞といえばすっかり六本木になりました。

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中学時代からお小遣いを貯めては劇場に足を運ぶ映画大好き少年でしたが、最寄の渋谷を飛び越えてわざわざ有楽町まで通ったものです。

全般的にスクリーンが大きかったのと、有楽町・日比谷エリアの落ち着いた映画館の雰囲気が凄く好きでした。そんな訳で品川や横浜にシネコンがどんどん登場しても有楽町通いをやめる事はあまりありませんでした。

そんな頑固者が手のひらを返したように六本木のシネコンばかり行くようになったキッカケはたかが「ポップコーン」なのです。

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ご存知のように本場アメリカの映画館のポップコーンはバケツのような器に入っていて、1週間分のカロリーが摂れるぐらい大量の液状バターがかかっています。

お寿司で言えば脂のタップリのった大トロを食べるようなもの、口に含むと頬がとろけるようです。これを映画を観ながらポリポリ食べるのがある種のステータスシンボル、こんな贅沢を日本に居ながらにして味わえる。

何とも嬉しい限りではありませんか。もっとも六本木が気に入っているのはポップコーンが上手いからだけではありません

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9つあるスクリーンの7番スクリーンのサイズは首都圏最大級の大きさを誇ります。

データ的には約650席と普通なら中規模の劇場を想像してしまいますが、座席はゆったりとスペースをとっていて前後の傾斜もシッカリついているので、子供でも前の人の頭が邪魔になる事はありません。

シネコンといえば小部屋で映画を観るイメージが強いですが、2番スクリーンも370席程度ながらそこそこ大きいです。

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六本木ヒルズのオープン以来、ハリウッド関係者を招いての派手なプレミアといえばここの劇場が定番になりました。それだけあって劇場全体作りも良いです。

日比谷線「六本木駅」から徒歩3分という交通の便の良さも忘れてはいけません。最後にポップコーンを買う時は「バタータップリでお願いします」の一言が大事です...。(O家の主人)

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September 08, 2005

空想科学小説「宇宙戦争」。

スティーブン・スピルバーグの新作映画「宇宙戦争」を観たあと、雰囲気がスピルバーグっぽくなかったのが気になって原作を読んでみました。

実際に原作を読んで合点がいきました、スピルバーグ色を抑えても原作の色を大事にしたかったンですね

原作は1898年(明治32年!)に書かれたSF小説、舞台を現代に置き換え、主人公の設定も変えれば原作からはほど遠い映画になりそうなものです。ところが読んでいくと映画の各シーンがそのまま頭に浮かんできて、原作の各場面に恐ろしくイメージが当てはまります。

自動車の代わりに馬車しか登場しない原作なのに。宇宙人(原作では火星人)もかなり原作の描写に忠実で面白い。これに比べると1953年(昭和28年)に映画化されたバージョンは原作が書かれた時代により近いわりには、見るに堪えない別物ですね。

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さて原作そのものの話をすれば100年前に書かれたとは思えない新鮮さがあります。

宇宙人襲来以降の展開はまさにジェットコースタームービーを見ているようで一気に読んでしまいます。イギリスの田舎町に出没した火星人がロンドンまで侵攻していく過程に起こる様々な事件や出来事の描写は、今読んでも非常に科学的な説得力もあってリアル。

「宇宙人」といった概念自体が存在しなかった時代に、何故ここまでリアルで現代的な想像力を膨らませられたのか信じられません。いや、逆に言えば我々のSF感覚が、100年前から進化していないという事でしょうか。

それにしても翻訳はひどかったな...というか日本語がガタガタ。とにかく読んでいてこんなに疲れる本も珍しい。

会社でも帰国子女(差別用語?)の日本語レポートを読むとドッと疲れますが、この人プロの翻訳家なんですよね...。

そんな奇怪な翻訳でも最後まで一気に読ませる魅力があるこの空想科学小説(当時はSFという言葉は無かった)、260頁程度の薄ーい文庫本なので気軽に読めますよ。(O家の主人)

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September 06, 2005

映画「Shall we Dance?」。

円満な家庭、絵に描いたような幸せな生活を送るジョンは遺言状を専門に扱う弁護士。仕事が終われば夕食はちゃんと家に帰って家族と食べる、そんな生真面目なジョンが、ふと通勤電車の窓から外を見ると、ダンス教室の窓から綺麗な女性が外を眺めている。

以来、通勤電車で通るたびにダンス教室の窓が気になって仕方が無いジョンは、ある日、意を決してダンス教室を訪れ、勢いで入門する。

動機は不純だったものの、ダンスの魅力に目覚めたジョンはその後もダンス教室に通い続ける。周りには内緒。しかし一家の大黒柱の変化に家族が気づかない筈がない。

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ブラボーの一言に尽きます!。原作は1996年に作られた日本映画「Shall we ダンス?」、これをハリウッドで忠実にリメイクしました。新旧両作品とも甲乙つけ難く素晴らしいですね。

でもどちらの映画も同じでいて、同じでない、例えれば「忠臣蔵」みたいなもの。2ついっぺんに観ても別の映画として十分楽しめますよ。

主人公のジョン演じるのはリチャード・ギア、「愛と青春の旅立ち」「ジャッカル」のようなマッチョでタフな男のイメージの強い彼が、平凡で弱い役をここまで自然に演じきれるとは、いや脱帽です。またどちらの映画にも共通しているのは、全編を通して安心して見ていられることですかね。

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そうは言ってもどっちか選べと言われれば、わずかの差でハリウッド版に軍配を上げますかね。

ハリウッド版は夫婦の絆を最後まで描写しきった点に座布団をもう一枚。元々日本版はここの描き方がちょっと中途半端、唯一不満に思っていた部分でしたので。

両方見るなら日本版を先に観るのがオススメですかね。比べる楽しみも是非味わってみてみて下さい。(O家の主人)

◆日本版
1996年/東宝/2時間16分/独断と偏見の評価額:1800円

◆ハリウッド版
2004年/米国/1時間46分/独断と偏見の評価額:1900円

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September 04, 2005

映画「亡国のイージス」。

イージス護衛艦の「イージス」とはギリシャ神話に出てくる、あらゆる邪悪から身を守る盾のこと(らしい)。日本の国情を憂い、守るべき国をう失ったと嘆く論文「亡国のイージス」の作者が、ある夜謎の事故死を遂げる。

この論文の作者である息子の死に国家の陰謀を感じた自衛官の父親・宮津(寺尾聡)、某国工作員・ヨンファ(中井貴一)と共謀して自らが副長を勤めるイージス艦「いそかぜ」を奪艦する。

工作員が米軍から略奪した強力な特殊破壊兵器・GUSOHを首都東京に打ち込むべく、「いそかぜ」は東京湾に向かう。

最新鋭の防空システムに守られた「いそかぜ」を止める最後の望みは、艦内に潜伏する同艦・先任伍長の仙石(真田広之)と謎の部下・如月の双肩にかかる。

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期待が大きかっただけに評価は辛口です。でも日本映画ながら海自と空自の撮影協力をとりつけ、実艦・実機を使った本物の絵を追求した製作側には、良く頑張ったと素直に拍手喝采を送ります。

CGにもあまり頼らず、原点に帰ったミニチュア撮影も良い選択だったと思います。

その意味では同じ福井晴敏原作の映画「ローレライ」を遥かに上回る出来栄えと言えます。

しかし、やはり問題はストーリー展開の詰めの甘さでしょう。この映画、意気込みと雰囲気を例えると中盤は「ダイハード1」「沈黙の戦艦」、終盤「ザ・ロック」。

しかし、全体のストーリー構成の甘さは「ローレライ」「ホワイトアウト」のレベルですね。

ネタバレになるので具体的には指摘できませんが、どうしても許せない無理な展開が大事な場面で随所に...。「ダイハード」シリーズだって無理な展開沢山あるじゃん、と言われそうですが、無理な展開の持って行き方が違うんです。

少なくともボクは「ダイハード1」の無理は全部許せるんですよ、要は無理を無理とあまり観客に感じさせないセンスですよね、違いはやっぱり。

最近の韓国映画にはそのセンスがちゃんと備わってますね。日本人には難しいのかなー、こうゆう映画作りは。(O家の主人)

◆2005年/松竹/2時間7分/独断と偏見の評価額:900円

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September 03, 2005

映画「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」。

先日やっと見てきました。

非常に良かったです、楽しめました。ネタバレになるので映画の内容について詳しく語ることができませんが、今回の「エピソード3/シスの復讐」は「4」「5」「6」をも越えたと思います(個人的には「1」と「2」は消化不良)。「3」のための「1」「2」「4」「5」「6」だったとさえ思えます。

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ストーリーも深すぎず、浅すぎず、落としどころが上手いですね。CGの出来栄えも現行水準の最高レベルなのでしょうね、迫力がありました。

今回「3」を観たあと、すぐに「4」「5」「6」をもう1回観なおしたのですが、数十年前に作られた映画にも関わらず、「3」は実に見事に「4」にストーリーがつながってます。親に連れられて「4」を日比谷・有楽座で観たのは小学生の時ですよ。すごいなー(「3」と矛盾するエピソードを1つ「6」でみつけましたが)。

ジョージ・ルーカスが「7」「8」「9」はもう作らないと宣言したようですね、「3」を観てその気持ちが分かる気がします。

「3」の完成によって6つのエピソード全体が過不足の無い完璧な叙事詩として成立した今、これ以上の肉付けは全体の価値を落としてしまう危険が高いですね(ガンダムの価値を陥れた姉妹版ガンダムのように)。

今のところ、今年一番のオススメの映画です。観てない方は是非劇場に足を運ばれては如何でしょうか。

良く出来た映画です。「4」「5」「6」を観るのは後でも構わないと思います。先に観てしまう楽しみ方もありますけどね。「1」「2」については観ていなくても何とかなると思います。もちろん観ているに越した事はありません。(O家の主人)

◆2005年/米国/2時間21分/独断と偏見の評価額:3,000円

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September 01, 2005

東京ディズニーランドの「チキンとシーフードのスパイシーピラフ」。

これまで東京ディズニーランドで食事をして美味しいと感じた事はあまりありませんでした。

あえて言うならトゥモローランドの「パン・ギャラクティック・ピザ・ポート」のピザぐらいだったでしょうか。

同じトゥモローランドの「トゥモローランド・テラス」のハンバーガーなどはコンビニの120円バーガーにも劣る味だと思います。

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ところが先日たまたま入ったックリッターカントリーの「グランマ・サラのキッチン」の「チキンとシーフードのスパイシーピラフ(819円)」は結構美味しかったです。

写真の通り、ちょっとジャンクな盛り付けですが、しっかり煮込んだチキンにアンチョビの辛味がしっかり利いていてとてもポイント高いです。

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朝から何も食べていなかったので、「ハンバーグステーキ、バターライス添え(892円)」も注文しましたが、こちらはイマイチ。

やっぱりコンビニのハンバーグ弁当並みの味でした。

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東京ディズニーランドへお越しの際は是非試してみては如何でしょうか。(O家の主人)

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August 27, 2005

南国気分の豪華プール、津山グリーンヒルズ。

<中国・四国シリーズ、一応完結です>
引っぱったなー、このネタ。一ヶ月近くも...(^_^;

津山市は人口約9万(H12年度)の小さな町ですが、各種ショッピング施設なども充実していてとても住みやすいところです。

車でのアクセスの便が良いので、津山市内のみならず近隣市町村/県外も含めるとそれなりの集客力があるのでしょう(無いのは大きな映画館ぐらいかな)。

そんな好ロケーションに目をつけてか、津山には立派な全天候型の立派なプールがあります。

「津山グリーンヒルズのグラスハウス」、津山に行くと必ず一回は遊びに行きます。

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大きなガラス張りのドームに覆われたプールには長さ90mのウォータースライダーを始め、何種類もの遊泳プールと温泉プールがあります。

プールはガラスドームの外にあるプールにもつながっていて、泳いで屋外に出れます。

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各プールのレイアウトも立体的な高低差がつけられ、通路も大きな岩や木に囲まれていて南国の海の雰囲気を出しています。

公営の施設ながら浮き輪用の空気ポンプ、水着の脱水機など、細かい気配りも抜かりがありません。

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中にはバブリーな施設と揶揄する人も居るようですが、これだけ充実した設備で大人1,200円はとても良心的、夏休みは駐車場もすぐに一杯になって遠くのほうに止めさせられます。

ちゃーんと地域の人たちが楽しく利用しているなら、そうゆう税金はどんどん使ったっていいと思いますよ。(O家の主人)

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August 25, 2005

空に手が届きそう「のとろ温泉・天空の湯(岡山県)」。

岡山県北部の深ーい山奥にある「のとろ温泉・天空の湯」。天空と言うだけあって標高としては700mとそこそこ高いところにある温泉です。

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天然の温泉ですが加温はしており、駐車場に派手な太陽熱利用施設があります。この温泉の一つのウリが自然の熱源で加温しているという事だそうです。

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男女とも露天風呂で女湯の方が大きくて立派のようですが、男湯の方も増築工事をしているようでした。近々、女湯と同じ広さになるような気がします。お風呂は山の谷に面していて絶景です。

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今回は夏に来ましたが、寒い冬に是非もう一度来てみたい温泉です(冬はチェーンが無いとたどり着けないところのようです)。まだ新しいのか、建物も清潔感があってとてもキレイです。(O家の主人)

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August 23, 2005

1368段の石段「香川県・金刀比羅山(こんぴらさん)」。

香川県琴平町、高松市街から国道32号線を西に1時間ちょっと車で走ったところにある金刀比羅山。ここには全部で1368段という長ーい階段があります。

ある高層ビルの1階あたりの階段数が21段だったので、計算すると65階建て分の段数ということになります。

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一瞬、そんなもん?と思うかも知れませんが、夏の暑い日だったので大変でしたよ。しかも階段だけという訳けではなく、途中からは山道も歩かされるのでかなりの距離があります。

毎日のジョギングを欠かさない私でも途中で1回弱気モードになりました。

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最初のうちは階段の両脇がずっと商店街になっています。お土産屋さんが並ぶ東京・浅草寺の仲見世通りを階段にした感じの雰囲気です。そんな訳で最初の数百段は左右のお店が気になって無意識に階段を登れます。

それが終わると景色やいよいよ神社らしくなってきて、上の方ばかりを見るようになります。頻繁にタメ息が出る頃です。そんな感じでひたすら登っていくと、急にスペースが広くなってやっと立派な本宮に到着します。

初めての人は大抵ここがゴールと思うでしょう。いや誰もがそう信じたいのです、自分もここで「ここが一番上ですか?」と人に聞きました。

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残念ながらココはまだ785段目、まーだまだこれからです。内野ノックでそろそろ疲れが足腰にきて前後の動きが辛くなった頃に、コーチから「こっからが本番だぞー!」と明るく言われるアレと同じです。...ってな感じでまた登り続けます。

しかしこのあたりから階段より山道が長くなり、体力の残っているうちに段数を稼ぎたい気持ちが空回りします。10段登って数十メートル歩く、また数段登って歩く、そんな繰り返しで段数が消化できません。

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ゴールまであと200段程度の位置だったか、すれ違った中学生に今の位置を聞いたら「あと27分ぐらいかかります」と言われた時です。何故かウソだったのですが、その時は引き返しそうになりましたね。

だって27分って事は往復で1時間じゃないですか、汗だくで立ってるその場所から。結局そこから根性で歩いて10分程度でゴール。

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いやー、この記事書くだけでまた疲れちゃいましたよ。(O家の主人)

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August 21, 2005

アンパンマンがラーメンをお届けします、「旭川(岡山県建部町)」。

岡山と津山の中間に位置する、国道53号線沿いの「旭川ドライブイン」にあるラーメン屋の「旭川」。

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厨房から客席のカウンターまでの間が線路で結ばれていて、ラーメンが出来上がると船に乗ったアンパンマンがラーメンを運んでくれます。子供は喜ぶでしょうね。

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ラーメンはスタンダードな鶏ガラ(だと思う)しょうゆ味ですが、スープにちょっと「とろみ」があります。

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ドライブインのラーメンと思ってなめていましが、結構美味しかったです。(O家の主人)

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August 20, 2005

VAIO type H (PGC-H70B7)。

パソコンが壊れたので、新しいパソコンを選んで欲しいと田舎の実家に頼まれました。使用目的はメールとインターネットと思っていたのでノンブランドの格安PCを選択する予定が、実際に○○○○の売り場に行ってみると「テレビが見たい」との要望が加わり、予算オーバーしてしまいました。

「テレビが見たい」となると年配者には操作性も大事なので、メーカー品に候補を絞ってSony VIAO type H に決めました。

デスクトップという前提条件がある中、富士通とNECも考えましたがデザインがイマイチなのと、たまたまSonyよりスペックが低くい上に価格が高かったのでNGとなりました。

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近くに△△△電器があるわりにはどちらのお店でも思ったほど価格競争が激化していない印象でした。というか年齢層の高い地方のユーザーは価格よりサービス重視と言います。

確かに聞くと、不具合があると家にすっ飛んできてくれていますね、どちらのお店も。聞いた話ですが、東京じゃタダでそこまで面倒みてくれないだろうーという感じの内容でした。

設置ですが相当長い時間、格闘しました。まずテレビチャンネルの設定。特定の地方局と局名を認識してくれないのです。

あとプリンタですね、随分古いタイプだったので。WinXP対応のドライバを見つけてきて入れてもプリンタを認識しなかったり、あと写真印刷するとすごくズレるんですよ。写真を印刷するソフトはそのプリンタメーカーがWebで提供している最新版をダウンロードし、旧式プリンタながらも当該機種をサポートしているにも関わらずです。

ズレの問題は結局ギブアップです(泣)。プリンタも安くなっているので買い換えて頂くほかありません。

さて実機の感想ですが、やっぱり音が静かで良いですね。「おさいふケイタイ」と「Edyカード」が使えるのはとても羨ましい機能です。本体のデザインも店頭での印象以上にGoodでした。液晶モニターも店頭で見た印象より大きくてキレイ。

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難を言えば我が家も同じなのですが(VAIO type R)、「Do vaio」の操作性ですかね(=テレビや音楽を見聞きするソフトです)。個人的には先代の「Giga Pocket」の方が格段にシンプルで使い勝手が良かった気がします。シンプルを狙ったがゆえに、かえって回りくどくて、結局複雑になった感じです。

しかしそうは言っても総合評価は◎です、Sonyも最近苦労しているみたいですが、デスクトップVAIOは大好きです(ノートPCはdynabook!)。(O家の主人)

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August 16, 2005

知られざる難攻不落の要塞、津山城。

天守閣などの構造物は跡形もなく、城郭だけが残る公園になった津山城のことを知っている人は少ないでしょう。

歴史上の合戦にも登場しない、実戦経験も無いお城です。

城郭だけといっても、正確に言うと本丸に築城400年記念事業で建てられた「備中やぐら」という建物が今年完成して中にも入れます。しかしそれ以外は全くの更地なので210円の入城料を高いと怒る人もいるでしょうね。

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しかしここが難攻不落の要塞だったと意識しながら、攻め手の立場で城跡を散歩すると発見が沢山あります。津山城は津山盆地にある小さな山=鶴山(つるやま)をまるごと要塞にしてしまった山城です。

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山城のふもとの大手門から本丸まで達する、蛇のように曲がりくねった長い通路を歩いていくと、階段を登らされながら幾重にも曲がらされます。

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どの通路も高い城壁に囲われ、攻め手は雨のような集中砲火を浴びる羽目になるでしょう。また高い城壁で曲がり角の向こうが見えないので、攻め手としては言い知れぬ恐怖を味わうはずです。

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このように小さい山に建てた城にも関わらず、本丸に達するまでのルートに広いスペースを割いているので、一番上まで登ると城全体の大きさに比べて本丸のスペースを結構狭いと感じます。

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そんな訳で津山城の復元模型(津山郷土博物館)を見ると本丸には天守閣の他、不自然なぐらい窮屈に御殿やその他の建物が所狭しと建てられています。

前にも書きましたが、このお城の建物は明治7年まで残っていたにも関わらず、不平士族の拠点となる事を恐れ跡形もなく取り壊されています。

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津山地方は太平洋戦争中も空襲の難を逃れたので、壊されていなければ今でも立派に津山市の観光事業に貢献したに違いありません。(O家の主人)

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August 14, 2005

昔の風情を残す、津山・出雲通り。

津山市の東側にある城下町の出雲通りには今でも昔の風情が残っています。

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この周辺は映画「男はつらいよ」、NHK連続テレビ小説「あぐり」のロケ地にもなりましたが、最近では今風のお店が出来たり、少しづつその雰囲気も失われつつあります。

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火事で焼けたり、最近の台風続きで半壊のままになっている建物も多く、空き地も増えた気がします。

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そんな中でも景観の維持に努める家や店も沢山あります。エアコンの室外機を木箱で囲ったり、古い建物を壊さずにそのままTVゲーム屋にしたりと。

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法律に守られている関係もあるでしょうが、ヨーロッパの国々では数百年経った建物を大切に改修してお店にしたり、住宅にしたりしていますね。

日本は木造建てが中心な上に天災の多い国なのでヨーロッパのようにはいきませんが、古い町の雰囲気を大切に想う津山の人たちの意識に暖かいものを感じます。(O家の主人)

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August 13, 2005

B’zと老舗和菓子屋「くらや」。

津山市出身の芸能人といえばB’zの稲葉浩志とオダギリジョーが有名です(敬称略)。

稲葉浩志は津山市の市民栄誉賞を授与さていて、その時の写真は津山の観光センターに行くと大きく飾ってあります。

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さて同人にはお兄さんがいて、津山で老舗の和菓子屋「くらや」の社長さんをされているようです。

B’z効果もあって有名な観光スポットにもなっているようですが、この日は平日の午後という事もあり、店内は空いていました。

客層も涼みに来た近所のおばさんっぽい方達が中心で、若い人は居ませんでした。

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別にB’z目的ではなく、たまたま一服するのに入ったこの「くらや」でしたが、「あんみつ」と「抹茶パフェ」は美味しかったですね。甘さを控えた大人の味です。

とにかく暑い日だったので程よい甘さがちょうど良かったです。

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ちなみにお店の2階は小さなイベントスペースになっていて、この日は地元の漫画家やアーティストのイラスト展をやっていました。(O家の主人)

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August 11, 2005

津山城の苦しい言い訳け。

真偽のほどは定かではありませんが、津山城にまつわる微笑ましい伝説が残っています。津山城が築城されたのは関が原の合戦の4年後、今から400年前。

当時、外様大名が5重5層の城を持つことを快く思わなかった徳川家康を恐れ、津山藩・森忠政(初代藩主)は4重の城として築城の申請を出したそうです。

ところが後になって「怪しい」と幕府から呼び出しをくらった藩主・森忠政は、慌てて国許に使者を走らせ、たちどころに4重に城の改造をさせたといいます。

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明治に撮影された写真では分かりづらいですが、津山郷土博物館に展示されている模型を見ると確かに上から2層目の屋根が瓦(かわら)屋根ではなく、不自然な木造の小さな屋根になっていますね。

これを4重の城と言い張るにはかなりの無理がありますが、森家の藩政がその後4代続いたところをみると幕府が納得したのか、あるいは一連のエピソードが単なる伝説に過ぎなかったということかも知れません。

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さて森家は後継ぎが居なくなり4代で改易(領地・家禄の没収)となり、その後松平家が藩政を引継きます。

津山城は江戸中期に一旦本丸を焼失しますが直ぐに修復、取り壊される明治7年まで立派にその姿を残していました。

津山は太平洋戦争で空襲の難を免れており、当時取り壊されなければと悔やむ地元の人も多いでしょう。

ちなみに天守閣の復元費用は過去に30億円と見積もられたらしいのですが、その後、具体的な天守閣再建の動きはないようです。(O家の主人)

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August 09, 2005

ファミリーで楽しい「津山バッティングセンター」。

JR津山駅から国道53号線を岡山方面に数分車で走ったところにある「津山バッティングセンター」、津山に行くといつもチビを連れて遊びに行きます。

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ファミリーで楽しい、と書いたのはソフトボール用の打席が2つあるからです。マシンのアームは下投げで当然飛んでくるのはソフトボール、東京では珍しい気がします(地元では見たことがありません)。

時速80kmの9番打席なら山なりにゆっくり飛んで来るので小さい子供でも安心、見ていると結構小さい女の子でも恐がらず楽しんでいます。軟球に比べればボール自体も柔らかいし、子供でも大怪我はまずしないでしょう。

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もう一つの特徴はバックネットまでの距離が、東京都心一般のそれより長いという事です。恐らく打席からバックネットまでの距離は40mぐらいはあるでしょう。

野球の塁間は27.4m、投捕間は18.4mなので、40m先のネットの高い位置にダイレクトで当たるという事は、結構遠くまで飛んだ打球の行方を見届けることが出来るということです。いやー、ネットの高いトコまで届くと「超キモチー」です(マグレ当たりですが)。

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余談になりますが、ソフトボール(男子)は塁間が18.3mで投補間が14.0mです。ソフトボールをここのネットの高い位置まで持っていくのは経験者でないと難しいでしょう。芯に当たってもソフトボールって飛ばないもんですね(単にオレがヘタクソなだけ?)。

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マシンの調整も、一般的な東京のバッティングセンターよりもしっかりしています。100球ぐらいやっても、打てない超ボール球は1球程度です(たまたま?)。

あとはやっぱりバッティングセンターのオーナー(?)のおじさんとおばさんの人柄の良さでしょうか。挨拶も明るいし、こっちがプリペイドカードの残数を勘違いしても、嫌な顔ひとつせずに一生懸命に対応してくれました(すみませんでした!!)。これって津山地方の人柄なのかなー。(O家の主人)

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August 07, 2005

ボリュームと価格に大満足、「ミスターバーグ(津山市)」。

岡山県内14店舗の他、中国地方を中心に計22店舗をかまえる中規模チェーン店です。津山に行った時は必ず1回は食べに行きますが、魅力はなんといってもそのボリュームとリーズナブルな価格です。

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最初の写真は「ステーキ&ハンバーグ」。価格は1099円、ライスと飲み物(お茶/紅茶/コーヒー)はおかわり自由です。価格の安さに肉の質に不安を覚える人もいるかも知れませんが、甘く柔らかい美味しいお肉です。

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次の写真は「元気もりもりランチ」、価格は799円。こちらもライスと飲み物のおかわりは自由です。どのメニューにも共通しているのは、豆もやしが山のように乗っかってくることです。2年前は「もやしが全部無くなった」という理由で、閉店前に入店したにも関わらず断られました。

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さらにうれしいのは肉だけの追加ができるという事です。

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価格もリーズナブルなので、ついついオーダーしてしまいます。(O家の主人)

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«小豆島の「しょうゆソフトクリーム」。